コラム
古いペウモの木の木陰から、起伏に富んだ丘陵地にある緑色の葉がみずみずしく生い茂った葡萄畑を見ると、まるで地中海沿岸にあるワイン産地にいるような気がします。しかし、今私がいる場所はチリ。ヨーロッパから見て地球のいちばん端っこ、南米大陸の縁にある国です。
どの方角からチリに向かっても、チリはとてつもなく遠く感じます。北からの航路で向かう場合には、世界で最も乾燥していると言われるアタカマ砂漠を、1,000キロメートルも横切らなければなりません。
東から向かう場合は、ヒマラヤ山脈に匹敵する高さのアンデス山脈を越えなければなりません。堂々と聳え立つ山々は、チリとその他の南米大陸の国とを隔てる明確な境界を作っています。緑色の草と灌木で覆われたアンデスの麓には、赤く光り輝く銅を豊富に含んだ岩、煙を吐く火山、山頂には世界中の登山家やスキーヤーを魅了してやまない冠雪や氷の壁を見ることが出来ます。
南北に長い国土の「尻尾」の部分にあたる、散り散りになった小さな島々が集まる南部エリアは、そのまま南極大陸の氷の大地に消え入っているように見えます。パタゴニアと呼ばれるこのエリアは、暗い森、銀色に染まった山々、きしむような音を鳴らす氷河、広大なフィヨルドなどが支配する王国です。
西側には見渡す限りの水平線。チリは太平洋に面しており、その海岸線は6,453キロメートルもの長さに達します。沿岸部の波は荒々しく、その波はチリから8,000キロメートルも離れたポリネシア諸島(イースター島・ハワイ・ニュージーランドを結ぶ三角形の地域に散在する大小数千の島々)に着く頃になって漸く穏やかになり始めます。
チリが農業やワイン産地として特別な場所になれたのは、極端なまでにユニークなこれらの地理的条件があったからに他なりません。砂漠、山脈、氷河、大海原によって形作られた天然の境界線は、チリを手つかずの場所として守り続けてきました。19世紀、ワインの歴史上最悪の危機であったフィロキセラ禍によってヨーロッパを中心に世界中の葡萄畑が壊滅的な打撃を受けた時も、チリはその難を逃れることが出来たのです。
そして私は今、赤ワインの入ったグラスを持ちながら、うららかな日の当たる緑豊かな葡萄畑を包む、ゆるやかに起伏する丘の中で守られているかのように感じています。私は今、コルチャグアにあるコノスルの葡萄畑の真ん中に立っています。コルチャグアはコノスルワインの生産拠点であり、また、チリワインの心臓部にあたるエリアでもあります。「ヴァレ・セントラル」として知られるこの地域とその周辺地域は、日照量が多く暖かな気候に恵まれ、しなやかでジューシーな赤ワインや、トロピカルな個性を持つ白ワイン、例えば爆発的にアロマティックなヴィオニエやゲヴュルツトラミネールを造るのにパーフェクトな場所です。
チリのワイン産地は他にもあり、コノスルの葡萄畑もここだけではありません。沿岸部にあるリマリ、カサブランカ、サンアントニオの葡萄畑は、早朝は海から発生する霧に包まれ、午後は海からの冷たい風によって冷やされています。きりっとしたソーヴィニヨン・ブランや、鋼のようなシャルドネ、鮮烈なシラーにはパーフェクトな条件です。
アコンカグアやマイポにも産地があります。葡萄畑はアンデス山脈の斜面にあり、涼しい気候と豊かな陽射しに恵まれ、チリで最も有名な品種であるカベルネ・ソーヴィニヨンが育てられています。さらに南に進むと、チリで最も歴史の古いワイン産地であるマウレ、イタタ、ビオビオがあり、これらの産地にある古い葡萄の樹からは、非常にバランスの良いワインが出来ています。品種はリースリングやカルメネールなどです。
今、私のグラスに入っているのはそれらの品種ではなく、ピノ・ノワールです。ピノ・ノワールは悪名高き気まぐれな品種で、栽培に特別な気候的条件を必要とするだけでなく、高い技術と忍耐強さが求められます。これからの3週間、収穫作業が進んでいく間に、コノスルがどのようにしてこのトリッキー極まりない品種の世界的生産者になったのか、レポートをお送りしていきます。
Photograph: Santiago Soto Monllor
※このコラムは、2016年4月15日付でイギリスの大手一般新聞「ガーディアン」に掲載された記事(無料)を本ウェブサイト向けに訳したものです。元記事はこちら。
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投稿日:2016年5月2日